「十一月の夏みかん」

 

 

 

「十一月の夏みかん」

   第16回伊豆文学優秀賞

 

     第16回「伊豆文学賞」優秀作品集

       『ばあば新緑マラソンをとぶ』所収

             羽衣出版 2013年3月刊

 

 伊豆文学賞

  伊豆地域は、多くの文人が訪ね、ここ舞台にして数多くの作品を生み出している文学のふるさとです。
 そこで「伊豆の踊子」や「しろばんば」に続く新たな文学や人材を見出すため、伊豆をはじめとする静岡県の風土や地名、行事、人物、歴史などを題材にした文学作品を募集しています。

 

    審査員 三木卓 村松友視 嵐山光三郎 太田治子

 

 

 

 

優秀賞

 

「十一月の夏みかん」(小説) あらすじ

 

 舞台は、伊豆の熱海。街の中心近く、糸川町界隈はかつて色町だった。 これは、その町に住む少年達のある一日を描いた物語である。

 仲間達と約束があったのに、母親に頼まれて鍼灸治療院に出かけていった和之は、熱海で一、二の旅館・龍雲閣の庭に、 赤ん坊の頭より大きなみかんの実っているのを見つける。

 母親に薬を渡し、海岸に行くと、岩場で五人の仲間が蟹突きの真っ最中。 この日は大漁であった。 糸川町に戻った少年達は、通りに七輪を持ち出し、蟹をゆで祝宴を始める。それを見て、格子戸の間から「一匹、おくれよ」と、 女が声をかけてきた。

 「龍雲閣の庭に大きな夏みかんを見つけた」と和之が話し出すと、女はまた「知ってるよ、それ。 以前、客が話してた。文旦だよ。大人の味がするっていってたけど、わたしゃ食べたことがない」 その言葉で少年達の次の行動は決まった。文旦って奴を盗みにいこうぜ!

 その夜、少年達はもう一度集まり……。

 

 

《選評》

 

三木卓氏

 優秀賞、岩本和博さんの「十一月の夏みかん」は、全盛期の熱海を舞台にしたワルガキたちの活躍を書いていて、楽しく読みました。苦労してかっぱらった文旦が、食べにくくて苦労するところなど、哀感もありました。

 

村松友視氏 

 優秀賞「十一月の夏みかん」は、書くことをつづけている作者の文章の洗練と、余計なことを殺ぎ落す文章のワザによって、温泉街の風俗とそこに育つ少年の日常が心地よくフィットしていた。夏みかん=ブンタンが重要な役割を果たしているが、そこにからむ女性と少女の登場のさせ方が心にくい。読みながら、主人公の少年と心の一体感をおぼえ、一緒にハラハラ、ドキドキしてしまった。少年を主人公にした落語のようなセンスをも感じさせる、滑稽感と情感があふれる作品だった。

 

嵐山光三郎氏 

 「十一月の夏みかん」は熱海の温泉町に住む少年たちの姿が生き生きと書かれています。文章が洗練されている。無駄な文章がなく、話のディテルがたちあがる。ラーメン屋の息子ベンちゃんの向かいの家にいる女が、海でとった蟹を「一匹、おくれよ」というシーンがいい。龍雲閣の文旦を盗む様子、土産物屋から海苔の佃煮を盗んで、堤防の上で「うめえなあ」と指ですくって食べるところも秀逸だ。この人は、少年時代の記憶を鮮明に記憶していて樋口一葉が描いた『たけくらべ』を思い出した。いろいろ書ける人だから、この連作を期待します。

 

太田治子さん 

 優秀作「十一月の夏みかん」も、タイトルがいいなと思いました。いささかの気負いもてらいもないスッキリしたタイトル。中身もそうなのに違いないと思ったところが、その通りでした。まことに素直に書かれているだけでなく、実はほろ苦さも伴った内容であることに読みながら気付きました。少年の胸のときめき、小さな悪への衝動、しかしあくまでも十一月の夏みかんのように爽やかさだけが胸にしみていくのでした。会話が、いきいきとしています。